フジテレビ系列「この世界は1ダフル」で再び古畑任三郎のスペシャルをやってくれることになりました(2025.8.21OA)。前に同番組で古畑神回ランキングをやったとき(2025.6.26OA)古畑の過去記事をXで紹介したところ大きな反響をいただいたのは貴重な経験でした。本当に感謝しております。
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というわけで、1ダフルOAを記念して新たに古畑任三郎で1記事書くことにしました。このたび選んだのは2ndシーズン初回、明石家さんまさんゲスト回の「しゃべりすぎた男」です。
シーズン初回の90分枠(正味70分)という余裕を活かし後半は本格的な法廷ドラマへ。脚本の三谷氏も本作をお気に入りの1本と語っているとのこと。(「古畑任三郎DVDコレクション」8号/デアゴスティーニ・ジャパンより一部抜粋要約)
※当記事にはドラマのネタバレを含みます
※トリックやミステリーへの評価というより、登場人物たちの人間ドラマに重きを置いています
CONTENTS
弁護士の小清水潔(明石家さんま)は自身の婚約話を進めるため、邪魔になった恋人の向井ひな子(秋本奈緒美)を撲殺してしまう。と、犯行現場のひな子の部屋へ古畑の部下、今泉慎太郎(西村雅彦)が訪ねてきた。大学時代の同期であるひな子に一方的に言い寄っていたのだ。小清水は状況を利用し、今泉が犯人と疑われるよう工作し逃げおおせる。捕まった今泉が自身の弁護を頼んだのは他ならぬ小清水だった。ひな子同様同期の知り合いだったからだ。真犯人・小清水は何食わぬ顔で被疑者・今泉を弁護人の立場から陥れようとするのだが…
設定として盛り込みまくりですね。今泉くん大ピンチ回です。追い込まれるとデコ以外にも光るものがあるので、
観覧車に閉じ込められたり(「赤か、青か」より)、高価な壺を買う羽目になったり(「動機の鑑定」より)、ダーツで狙われる形になったり(「ゲームの達人」より)、痔の手術で苦しんだり(「矛盾だらけの死体」より)、結構な距離を全力で走らされたり(「さよなら、DJ」「ラスト・ダンス」より)、
ほかにもあると思いますがきりがない。
とにかく多角的にひどい目に遭っています。ちょっと抜けてるキャラクターで狂言回し的にストーリーを盛り上げてくれるので、作品にとっては大事な役回りなんですけどね。探偵役の相棒らしく謎解きのヒントをもたらすこともありますし。
古畑さんはいつも今泉くんを邪険にしたりおでこをペチっとたたいたりして、有能な部下扱いをすることはありません。今泉くんは今泉くんで「巡査・今泉慎太郎」にて古畑さんへの不満を科研の桑原技官(伊藤俊人)に愚痴りまくっています。つまり互いの性質的な間柄は少々歪んでいるのですが、この普段の関係性が今回のストーリーで熱い展開を生むのです。
弁護士のシナリオ
小清水はあらかじめアリバイ工作をしていました。ひな子に会いに行く前に秘書にモーニングコールをかけさせ、転送機能を用いて事務所にいる体を繕えるようにしたのです。この日、彼は明らかな殺意を抱いていたということになります。
あくまでふてぶてしい態度のひな子。
膨れてゆく殺意。
ガラスの凶器がその時を叩く。
「おまえが悪いねんからな」
殺人犯が呟く。
小清水にとってこのタイミングの今泉の登場は予定外でした。しかしながら海千山千の弁護士先生、その場でシナリオを組み上げてまんまと今泉くんを罠にかけます。「僕が信じているのは自分の腕だけ」と言い切るだけのことはあります。
この後今泉の弁護人として法廷に立つことになる小清水ですが、たとえ声がかからなかったとしても完全なる無関係者として事件から距離を置けるので、いずれにしても勝ち確シナリオに見えたことでしょう。
しかし完全犯罪は難しい。
今泉くんには古畑さんがついていたから。
「依頼人は嘘をつく」と断言する小清水にとって、業務上のシナリオ(段取り)変更など茶飯事だったことでしょう。乗りこなしてきたという自負が彼の人生を支えていたはず。ところがその過信が「法廷での自供」という彼にとって最悪のシナリオをもたらします。格下に見ていた男が連れてきた異分子が、順風満帆だった小清水の人生のシナリオを大いに狂わせることとなるのです。
脚本家のシナリオ
脚本の三谷幸喜さんは最初、本作の犯人を弁護士ではなくロックシンガーにしようとしていたそうです。ところがさんまさんから「弁護士役をやってみたい」という要望があり、それに応えたとのこと。
(「古畑任三郎DVDコレクション」8号/デアゴスティーニ・ジャパンより抜粋要約、初出はノベライズ(小説版)短編集「古畑任三郎2」/扶桑社文庫とのこと)
落ち目のロックシンガーがコンサート会場内でマネージャーを殺すというプロットだったそうで、こちらのお話もまた面白そう。コンサート会場が舞台なのは「古畑任三郎VS SMAP」を思い出してしまう空気感なんだけど、何か要素的なつながりがあったのかは分かりませんでした。
以下「仕事、三谷幸喜の」/三谷幸喜(角川文庫)より引用
「古畑〜」の犯人は単独犯であることがほとんどなので、複数でやるのを観たいなと思っていて。複数犯だったらSMAPっていうのはあるなという話を何かの拍子にプロデューサーにしたら、実現した企画です。
これはけっこう難物でした。SMAPが実名で出て人を殺すという設定自体がすごいことなので、今までにない細かい制約がたくさんある中で、SMAPのマネージャーさんと何度も台本のやりとりをしながら作ったという思い出があります。
こういう脚本家さんの生の声を見るに、大変なお仕事だなあとしみじみ感服してしまいます。プロット(筋書きの下書きのようなもの、と私は捉えています)がどこまで緻密なのか荒いのかは知る由もないですが、しかしロックシンガーが弁護士とはなあ。
で、こちらは「振り返れば奴がいる」の頃に缶詰(ホテルにこもって執筆)したときのエピソードとして書かれていたのですが↓
自身初の連ドラだが毎週台本を書き続けることがしんどい。一本書いたと思ったらもう次の締切日が目の前に迫っている。たいていは一本につき、準備稿、改訂稿、決定稿と三回書き直す。決定稿の出来によっては、決定稿改訂版、決定稿改訂版最終決定稿というのが出現する。
オンリー・ミー 私だけを/三谷幸喜(幻冬舎文庫)より一部抜粋要約
えぐいです。古畑のときどこまでこれと一緒だったかはわかりかねますが、毎週あのクオリティの本を書いていたのかと思うと、三谷さんはもうプロの職人だし控えめに言って天才です。
小清水先生は古畑刑事に足元をすくわれたけれど、大河ドラマや映画のヒットでも知られる三谷先生はずっと、第一線で活躍し続けているんですね。
間柄が暴く違和感の正体
序盤、被害者・ひな子の家の留守電に今泉の声が残っているのを聞いたとき、古畑は変だな妙だなというような表情をしていました。「あのバカやっちまったのか」ではなく、状況に違和感を覚えている様子です。
のちに法廷で証言した「犯罪を犯すほど知的でもなければ行動的でもない」という今泉への心象が、事件捜査の初手から疑いを持つきっかけになっているのでしょう。
やがて東京拘置所で対面した警部補と巡査は、透明の壁越しに言葉を交わします。口に出しては犯人扱いしてくる上司に今泉はこう訴えます。
「彼女には他にも男がいたんです。そいつが犯人です。そいつが僕を罠に嵌めたんです」
今泉くん、ものの見事に真実を言い当てているのですが、この段階でこれを信じられる人はまあそういないでしょう。彼はこう続けます。
「弁護士を! 僕知り合いに一人優秀な奴がいるんです。そいつと連絡とってください。お願いします!」
そして拘置所に現れた小清水弁護士。
「俺に任せとけ。必ず救ってやるから」
表向きは親身にそんなことを言います。
「先生、無理なら無理って言ってやった方が…」
古畑が口を挟むと間髪入れずにこう返します。
「何を言ってるんですか。今泉は僕の大事な友達なんですよ」
ここまでのくだりにて、今泉は小清水のことを「知り合い」と説明しているのに、小清水は今泉のことを「大事な友達」と表現しています。だいぶ間柄の感覚が違いますよね。
小清水としては、これから供述内容などを指図するにあたり今泉に信用してもらう必要があるため、自分から距離を縮めにいっているのでしょう。こういう事態にならなければそうはならないような言葉を意図的に吐いているように見えます。
今泉は旅館の宿帳に公務員ではなく刑事と書いてしまう(「汚れた王将」より)ような愚直キャラなので、本当の友達と思っているならそのまま友達と呼称しそうなものです。古畑は「知り合い」という今泉の言い回しから、今泉と小清水は少々距離のある間柄と当たりをつけていたのではないでしょうか。ところが実際の小清水の距離感は「大事な友達」と称するほどに近い。おや、と引っかかったのではないかと思います。
そして今泉のいた部屋の外に画面が切り替わると、古畑はすっかり弁護士先生を怪しみ始めています。いつもの飄々とした態度で少しずつ距離を詰めてゆき、やがてしれっと事件現場に疑惑の弁護士を誘うのです。
これらの違和感を拾うためには普段から今泉という人間をよく知っておく必要があります。古畑はその点、捜査を通じて彼の人間性をたっぷり理解していました。この二人の間柄が事件解決への糸口を切り拓き、今泉が述べた真犯人説のシナリオが暴かれ始めるのです。
たしかに今泉くんは殺人犯というより、真犯人に嵌められた哀れな男、と捉える方がしっくりくるんですよね。あれこれ根拠を挙げてみましたが、その間柄ゆえに古畑さんは直感的に「冤罪」とわかっていたのかもしれません。
信じる心と友情の行方
小清水は渋る今泉を説得するため、意地を張って実刑を食らうより妥協して傷害致死+執行猶予を勝ち取ろうとそそのかします。そして公訴事実への返答についてこう指示します。
「殴ることは殴ったが殺すつもりはない、と答えろ。あとは俺がなんとかするから」
このなんとかする、は都合よく中身をはぐらかす側面もあったと思います。そして今泉は小清水の言いつけ通り加害を認める供述をしてしまうのです。
今泉と親しいという理由から捜査を外されていた古畑は、けれども被害者の知り合いに聞き込みをするなど独自の調査を進めていました。小清水のシナリオに踊らされつつあった今泉にこう切り出します。
「今からでも遅くないから法廷で自分はやってないって言うんだ。あとはこっちでなんとかするから」
古畑師匠、かっこいいです。なんとかする、って何一つ具体的ではないんですが、この場面でなかなか言える台詞ではありません。
このように、小清水と古畑は逆方向から同じ言葉を発してるんですね。対立する二つの「なんとかするから」に挟まれて困惑する今泉くん。古畑さん、畳み掛けます。
「私とあの弁護士とどっちを信用するんです?」
「私が今まで間違ったこと言った?」
今泉、ようやく古畑の確信に気づく。
「もしかして真犯人知ってるとか?」
身を乗り出してたずねる部下に、古畑ははっきり頷きます。
この後「古畑さん、信じていいんですね?」と言葉を重ねた今泉でしたが、最後には茶化されて会話が終わります。いつもの空気に戻った感があって、直前の会話が普段と違ったものになっていたかもと逆説的にわかります。
次の法廷、今泉は「やってない」発言を敢行。最終的に古畑を信じたんですね。
今までさんざん難敵の逮捕劇を目撃してきた今泉にとって、古畑の「真犯人」発言はとてつもないインパクトだったに違いありません。
この展開は今泉と小清水の不和を招きました。小清水は古畑におまえの仕業だろうとケチをつけます。古畑はあなたが殺したと思っていると宣戦布告し、こう続けます。
「友人の人生がかかってるんです。必ず尻尾を掴んでみせます」
友人。今泉くんを友とみなしたことがこれまでありましたでしょうか。田村正和さんのここの演技、かなりの見どころです。今泉くん本人が目の前にいなかったからこそ出せたセリフという気もしますがそれにしても。古畑さん、熱い。熱いよ。
一方で、「友人」という言葉は最初に小清水が発した「大事な友達」発言を揶揄するニュアンスもあったと思います。「なんとかするから」同様、古畑と小清水はそのように時折重なる文言を使っています。しかしながらそこから炙り出される人間性は全く違う。この対比、三谷さんのちょっとした意図かもしれません。
思えば、小清水は今泉の「やってない」という事実を捻じ曲げようとしたけれど、古畑はその言葉を言葉通り受け止めていました。友情の差がここにも出ていたんですかね。
しゃべりすぎた二人の男
小清水のアリバイを崩し裁判記録を読み込むことでとうとう詰手を得た古畑は、証人として法廷に立ち今泉の前で小清水と対峙します。
そして始まる古畑の逆襲。裁判記録に残されていた法廷での小清水の発言を鋭く指摘し、彼が犯人であるという動かぬ証拠として突きつけます。
そう。場を掌握するかのように雄弁に喋っていた弁護士は、自らの言葉によって最終的に追い詰められ、罪を認めるのです。しゃべりすぎた男ここにあり、ですね。
ところで、しゃべりすぎた男はもう一人いました。古畑任三郎さんです笑
法廷での証言の場面。明確な敵対関係となった小清水に下がるよう言われたにも関わらず、裁判長に「私真犯人知ってるんですから」と食らいつき、尋問に答えながらあれよあれよという間に法廷の空気を変えていきます。
証人は質問されたことだけに答えればよい、とストーリーの途中で語られていたのですが、尋問する側の弁護士が徐々に何も話せなくなっていくんですね。特に凶器の話になってからは。最後に小清水を詰める時の古畑の口上はまさに立板に水。合いの手を入れていた裁判長も途中から聞く側にまわり、結果として証人が一人でしゃべりまくる格好になりました。
「すいません聞こえませんでした。もう一度法廷中に聞こえるように大きな声でお願いします」
奇しくも凶器についての尋問で小清水自身が言い放っていた証人・芳賀刑事(白井晃)への嫌味を、古畑はここで膨らませて繰り出します。意趣返しともとれるこの台詞、今泉への仕打ちに対する怒りが炸裂したと見てもいいと思います。
まあその、独特の嫌味ったらしい言動自体は古畑さんの持ち味なので、それでいて通常運転なのかもしれませんけどね。
どうあれ元祖しゃべりすぎた男、これにて観念するよりほかなくなりました。
ここへきてようやく書きますが、さんまさん実にハマり役です。ロックシンガーでなくてよかったのかもしれません。
田村さんもさんまさんも長台詞を完璧にこなしており、実は裁判シーンで一番緊張したのは裁判長役の田山涼成さんだったとのこと。
(「古畑任三郎DVDコレクション」8号/デアゴスティーニ・ジャパンより一部抜粋要約)
法廷での舌戦が主戦場となる本作。二人のしゃべりすぎた男が織りなすクライマックスは目が離せません。
最後の最後に対面した古畑と今泉が交わしたやりとりもまたグッときますよ。二人ともしゃべらないんです、ここ。言葉はいらないんですね。
…えー裁判長こんなところです。と、古畑さんの言葉を拝借してみましたが、いかがでしたか?
最後に脚本・三谷さんの興味深いコメントをご紹介。
「そもそも、古畑と今泉の友情を描く予定はまったくありませんでした。(中略)弁護士が担当した被告に罪をなすりつけるというアイデアを思いついた時、弁護士、被告、被害者の3人(中略)の中の一人を今泉にしてしまったらどうか、という発想でした。その流れの中で、書き進めるうちに、古畑と今泉の不思議な関係が滲み出てきたというわけです」
(「古畑任三郎DVDコレクション」8号/デアゴスティーニ・ジャパンより引用、一部要約)
みなさま、機会があればぜひご覧になってみてくださいね。
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